#37 あなたを尊敬します
『あなたを尊敬します』
私の好きな漫画「出会って5秒でバトル」で登場する敵キャラ、疎(まばら)が何度も口にするセリフだ。
「出会って5秒でバトル」を読み返していて、疎がやたらと『あなたを尊敬します』と繰り返すので、頭に残ってしまい、尊敬する起業家と理由を挙げてみようと思うに至った。
※前提として、他人の優劣を議論する立場にはないので、あくまでも主観的にすごいなーと思う人と要素を抽出しております。
Goodpatch 代表取締役社長 土屋尚史さん
まずはUX/UIデザインなどを手掛けるGoodpatchの土屋社長。
Goodpatch社は2011年に創業し、2020年6月に東証マザーズに上場。2021年度の売上高27.41億円、営業利益4.06億円の会社だ。
私は新卒でWeb・IT領域の会社に入ったため、Web制作、アプリ制作などいわゆる「制作会社」を大量に見てきた。しかし、その中で事業がスケールし、高収益を上げている会社は驚くほど少なかった。データがあるわけではないが、Goodpatch社の規模で利益を上げている制作会社の割合は0.数%ではないだろうか。
外から見ていてすごいなと思ったのが、「ソフトウェアサービスにおけるUIデザイン」にフォーカスした意思決定と、結果としてカテゴリーの第一想起を取っていること。
俺は10年前に、ソフトウェアのUIにフォーカスするって決めたの。元々web制作会社出身でwebデザインの仕事をやっていたんだけど、Goodpatchではwebデザインやコーポレートサイトのデザインは一切受けないって決めて。まずは、ソフトウェアやサービスなど、人が使い続けるものにフォーカスをするということを意思決定したのね。
※原点を振り返る―LayerX福島良典×Goodpatch土屋尚史が語る10年の歩みとデザインの価値
フィリップ・コトラーが提唱する競争地位戦略(※)に当てはめると「制作会社」市場に「ニッチャー」として参入。UIデザインという特定市場におけるシェア獲得を実現し、高収益や高いブランド認知、ブランドイメージを保持していると言える。
※競争地位戦略とは、米国の経営学者フィリップ・コトラーが提案した競争戦略理論。マーケットシェアの観点から企業をリーダー、チャレンジャー、ニッチャー、フォロワーの4つに類型化し、競争地位に応じた戦略目標を提示する理論。
最近はスタートアップ×UIデザインだけでなく、エンタープライズ×DX、エンタープライズ×新規事業など、より大きな市場にも参入し、事業を拡大しているようだ。
「制作会社」カテゴリーの中での後発ながら「ソフトウェアサービスにおけるUIデザイン」というサブカテゴリーにしぼり、シェアを獲得していった流れは競争戦略論のお手本通りのアプローチで参考になる。
株式会社SHIFT 代表取締役社長 丹下大さん
二人目はソフトウェアテスト(第三者検証)を提供するSHIFTの丹下社長。
2005年9月に創業し、2022年度は売上630億円、営業利益63億円と急成長を続けている。
SHIFT 事業拡大の「壁」を突破、急成長ベンチャーの組織づくり より引用
SHIFT社も、競合が多数いる「テスト」という領域で事業を開始。最初は「ECやウェブサイト等のテスト」に特化することでカテゴリー内でのNo.1シェアを獲得。その後、上場で得た資金をもとにM&Aによるサービス拡張や、ECやウェブサイト等に限らない5兆円とも呼ばれる「テスト」市場でのシェア拡大を進めている。
後発で「テスト」市場に参入したSHIFT社だが、決算資料や丹下社長のnote、取材記事を読んでいて、オペレーション改善の徹底がすごいなと思う。
丹下社長がnoteで、“誰も追いつけません”と語っているように、SHIFT社は業務効率を磨き上げながら、圧倒的な成長率を達成している。
SHIFTは、徹底したローコストオペレーション、徹底したオペレーションエクセレンス、チームの評価制度、個人の評価制度、この業界における仲間の集め方、すべてにおいて抜きに出ています。
※あなたの会社の「ミッション」「ビジョン」「コアバリュー」は何ですか?
コロンビア大学MBAプログラムでの超人気講義を再現した書籍『競争優位の謎を解く』では、“参入障壁が存在しない市場では、企業の存続は業務活動の効率性にかかっている”といい、真の参入障壁には下図にある「独占的な技術、安価な経営資源」「顧客の囲い込み」「規模の経済」「政府の介入」の4つしかないという。
上記のいずれかの参入障壁を持っていなければ、競合の新規参入や事業規模拡大は阻止できない。
そして、ほとんどの企業は参入障壁を持っていないため、「業務効率の向上を追求する」べきという身も蓋もない主張だ。
私が外野から見るに「テスト」市場には上記の4つのような参入障壁は存在せず、「業務効率の向上を追求する」が競争優位になる市場であるように思う。
丹下社長は前職で製造業向けの業務改善コンサルティング事業を立ち上げ、大きな成果を上げていたようだ。創業者とマーケットの適合性をFMF(Founder Market Fit)と言ったりするが、まさに創業者が持っていた業務効率向上のノウハウと市場での競争優位が適合している。
ヤマト運輸の元代表取締役社長で中興の祖、小倉昌男さん
3人目は『クロネコヤマトの宅急便』の生みの親と言われるヤマト運輸株式会社の元社長、小倉昌男さん。
ヤマト運輸は小倉昌男さんの父親で、創業者の小倉康臣さんが1931年に設立した会社。創業社長の時代は、近距離路線に強みを持つ商業貨物輸送の会社として日本一のトラック運送会社だったようだ。
しかしながら、市場環境が変化する中でシェアが低下。打開策としての多角化にも失敗し、経営が行き詰まっていた折、小倉康臣さんが死去。息子の小倉昌男さんが経営の舵を切ることになる。
小倉昌男さんはヤマト運輸を立て直すために、当時絶対に儲からないと言われた個人向けの宅配市場に目をつけ、今では誰もが知る「クロネコヤマトの宅急便」として大成功させる。
法人向けの商業貨物輸送会社から個人向けの宅配会社へ。小倉昌男さんがその事業転換の過程を書いた『小倉昌男 経営学』は、事業仮説の構築と仮説検証プロセスのこれ以上ない事例本だ。一部抜粋しよう。
個人宅配は、いつどの家からどんなかたちの荷物をどこに運ぶのか決まっていないため、集荷効率が極めて悪い-。私の作業はこの“常識”をあえて疑い、逆にどうすればこの市場で効率良く集荷作業ができるかを考えるところから始めた。そして立てた仮説が、全国規模の集配ネットワークを築けば、ビジネスになる、というものである。(中略)
その方法を思いつき、実行できれば、競争相手は郵便局だけで民間企業は一社もないから、この市場を制覇することも夢ではない。私はそう考えた。(中略)
宅配の事業は効率が悪いから絶対に儲からない、とは限らない。ネットワークの損益分岐点を超さない限り、たしかに利益は出ないが、ネットワーク の上を荷物がどんどん流れれば必ず損益分岐点を超え、利益が出るという 性質のものだ。それが私の結論であった。
私も前職のサラリーマン時代、他の人が立ち上げた事業を引き継いだことがあるが、“他の人が作った事業・組織を引き継ぎ、うまく運営する”のは、“自分がイチから作った事業・組織をうまく運営する”のに比べ、10倍ぐらい難易度が高いと感じた。
先代が作った事業・組織を引き継いだだけでなく、大幅な事業転換を成功させる。疎(まばら)でなくても、『あなたを尊敬します』と言いたくなる偉業だろう。
以上、他にも尊敬している起業家はたくさんいるが、ぱっと思いつく3人とその理由を挙げてみた。
経営者という職業柄、他の会社の歴史を調べることが多いが、正直、最初の事業が当たるかは偶然の要素も大きいように思う
しかしながら、当たった事業を継続的に成長させる戦略やビジョンを描いたり、2つ目、3つ目の事業の柱を作ったり、成長が鈍化した事業を再度、成長軌道に乗せるなどは、偶然では片付けられない能力が必要になる。
当たり前だが、適当に経営していたら数百人のデザイン組織も、数千人のテストの会社も、全国津々浦々に配送できるネットワークも作れない。まさに「経営力」といえる能力で皆さん色々とすごい。私もがんばっていきたい。
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