主観→合理の順序が大切

キリンホールディングスがグループ会社に「AI役員」を導入したというニュースを見た。AIに比べると随分とロースペックだが、ここ数年、意識的に「合理的であること」「セオリー通りであること」を重視して経営判断をしてきた。
データを見て、セオリーに従い、ロジカルに意思決定する——いわば、自分なりの「AI的な合理の経営」だ。今回はその経験を通じて気づいたことを言語化してみたい。
「合理的な判断」を積み重ねた先に起きること
合理やセオリーを起点に判断をすると、いずれも筋の通った結論が出てくる。たとえば、
単価・LTVが高いエンタープライズをターゲットにしよう
大きな金額を決裁できる意思決定者(本部長・役員クラス)にアクセスしよう。顧問紹介やCxOレターを契約しよう
大きな金額を提案するソリューション営業に切り替えよう
LTVの高い商材(PMO、高級人材派遣)を主軸を置こう
Land & Expandで小さく入り、徐々に契約を拡大しよう
評価制度を整えて、成果を出すインセンティブを作ろう
etc
どれも間違っていない。むしろ正しい。問題は、合理的に判断すれば、ほぼ全員が同じ結論に辿り着いてしまうことだ。
その先にあるのは、フォルムが似た者同士による「競争」になる。「競争」が得意な創業者・経営陣・組織には有利なゲームだ。中学受験でSAPIXに通うような気概と能力があれば、勝ち抜けるのだろう。
「主観 is King, 合理 is Queen」
一方で最近、デジタル庁CxOの樫田光さんのブログ「A Voundary by Hikaru」で「主観 is King, 合理 is Queen」という言葉に出会った。「主観がエンジンで、客観はガードレール」とも表現されていた。
自分が会社を経営していて、周りの経営者を見ていて、ビジネスは驚くほど「主観」にドライブされるものだと感じる。「お金を稼ぎたい」「会社を大きくしたい」「社会に貢献したい」——中身は何でもいいが、会社や事業、物事の起点には必ず、主観やWhyがある。
それらを正しくドライブするために、合理や客観、ガードレールは欠かせない。しかし、ここ数年の経験を通して、主観→合理という「順序」を守ることが大切なのだと学んだ。
主観→合理の順序が守られていないと、合理的に正しいことでも実行されなかったり、競合と比べて優位性のないものが出来上がってしまう。仮に合理的な目標を達成したとしても(たとえばIPO)、主観やWhyに紐づいていなければ、当事者の満足度は低く、周囲(従業員・顧客・株主)にも迷惑をかける。
たとえば、自分の場合、
まだ調査・体系化されていないことを、調査・体系化・発信すること
再現性高く社会や顧客に価値を提供すること
会社経営をはじめた以上、しっかり「やった」と言える状態になるまで努力すること
などは主観やWhyとしてエンジンになるが、
IPOする
特定の企業や人に勝つ
社会的に有名になる
などはエンジンになりえない。エンジンがなければ、その方向には進めない。
合理への依存が招くこと
冒頭の話に戻ると、合理や客観に依存すればするほど、本人にとっても市場・顧客にとっても価値の薄いものが生まれる。
そしてこのテーマのキモは、本来Kingとして玉座に座るべき主観やWhyを、正しく自覚し、言語化することの難易度が極めて高いところにある。
こればかりは様々な成功や失敗、試行錯誤を通じて、自己理解を深めていくしかなさそうである。



主観→合理の順序に、深く共感します。逆だと私たちはガス欠になってしまう。ガス欠でも走り続けるのが立派な社会人、とされる風潮が続いてきたように感じます。これからは、自分のエンジンの燃料が何かを言葉にすることで、給油もしやすくなって、きっと遠くまでいけるのでしょうね。