#41 死にかけながら学んだ、バリュープロポジションの作り方
今回は社内で「バリュープロポジション(value proposition)」の話が出たので、バリュープロポジションにまつわる思い出とバリュープロポジションの作り方などを解説したい。
バリュープロポジションとは
ざっくり「自社が提供でき、競合他社が提供できず、顧客が求める独自の価値」と定義される。
バリュープロポジションが明確なほど、マーケティングメッセージが作りやすく、営業が説明しやすく、顧客に選ばれやすくなる。事業の成功に欠かせない要素だ。
バリュープロポジションのキモは
顧客が望んでいる価値と、自社が提供できる価値を合致させること
競合他社が提供できない、自社独自の価値を提供すること
の2つ。1つ目がないと、そもそも顧客に検討してもらえない。2つ目がないと、競合他社と比較されて価格競争になったり、受注率が低くなる。
「バリュープロポジション」は新規事業開発やマーケティングの世界では有名な言葉で、私も以前から知ってはいた。しかし、この概念の奥深さや取り扱い方を学んだのは手痛い失敗を通してだった。
バリュープロポジションが作れず、失敗した思い出
『#20 才流の成長戦略における注力テーマの推移』で解説した通り、当社は2016年7月の創業だが、創業時は企業とフリーランスのマッチングサービスをやっていた。
知り合いの経営者や事業責任者が口を揃えて「良い人が見つからない・・」と言っていたのがビジネスアイデアのきっかけだ。当時増えていた優秀なフリーランサーを集めて企業とマッチングさせれば、事業として成り立つのではないか、という仮説でサービス開発をスタートした。
企業とフリーランスのマッチングは、クラウドワークスやランサーズをはじめ、先行企業が複数存在する領域。当社は後発で参入したため、先発企業との違いや自社独自の強みを意識しながらサービス開発を進めていた。
企画からリリースまで1年強の期間を投じたが、蓋を開けて気づいたのは、
・自社が提供できる価値
・競合が提供できない価値
は明確になっていたが、肝心の
・顧客が望んでいる価値
を提供できていなかったこと。図にすると以下のイメージ。
いま振り返ると恥ずかしい話だが、競合との違い、競合の弱点、自社の独自性ばかりを議論しており、顧客が望んでいる価値の議論が圧倒的に少なかった。
当たり前だが、顧客が望んでいる価値を提供できていないと顧客は発注をくれない。発注がないと対価としてのお金は支払われない。結果として、銀行口座の残高がみるみる減っていった。
日に日に減っていく口座残高を眺めながら「バリュープロポジション」は
①顧客が望んでいる価値
↓
②自社が提供できる価値
↓
③競合が提供できない価値
の優先順位で作るべきなのだと学んだ。
この優先順位を学んでから銀行口座の残高は減らなくなり、企業とフリーランスのマッチングサービスは閉鎖したが、その後の事業で明確なバリュープロポジションを作ることができた。
冒頭に書いた通り、私は「バリュープロポジション」自体は以前から知っていたし、新規事業開発やマーケティングの世界では比較的有名な言葉だ。
にも関わらず、顧客が欲しがらない商品を作ってしまい、私のように手痛い失敗を経験する起業家・事業責任者も多い。概念が普及しても、うまく実行できないのはなぜだろうか?
私が見てきた限りでは、3つの大きな落とし穴がある。それぞれ説明しよう。
よくある落とし穴【1】自分たちの想いが先行してしまう
1つ目の落とし穴は
自分たちの原体験や想い
競合企業が提供しているサービスへのアンチテーゼ
テクノロジーの優位性
未来予想や潮流
などに気を取られ、①顧客が望んでいる価値が置き去りになるケース。
起業家・事業責任者の原体験や想いが何であろうと、競合企業のサービスにどんな穴があろうと、最先端のテクノロジーを採用していようと、これから来ると予想される潮流(例えば、脱資本主義、Web3、ブロックチェーン、DXなど)に乗っていようと、顧客が欲しがらなければ意味がない。
よくある落とし穴【2】既存のアセットに引っ張られる
2つ目は、自分たちが持っているアセット(例えば、顧客データベース、技術、営業網、マーケティングノウハウなど)があるがゆえに、それらを活かそうとしてしまい、①顧客が望んでいる価値と合致しない商品を作ってしまうケース。
既存のアセットが大きければ大きいほど、成熟した産業や企業であればあるほど、この落とし穴にハマりやすい。
ついつい、②自社が提供できる価値、③競合が提供できない価値から発想してしまい、「独自」で「差別化」はされているが、「顧客が欲しがらない」商品を企画してしまう。
よくある落とし穴【3】自社のケイパビリティが追いつかない
3つ目は、①顧客が望んでいる価値を捉えているが、それに幅広く対応しようとしてしまい、②自社が提供できる価値を届けきれないケース。
多くの場合、①顧客が望んでいる価値は一つではなく、複数になる。さらにセグメントや個社ごとにも異なり、千差万別と言える。
当然、①顧客が望んでいる価値に幅広く、きめ細やかに対応できれば良いが、すべてに応えようとすると自社のケイパビリティ(企業が持つ組織的な能力)を確保できない。
例えば、SaaSを提供する会社が日系のエンタープライズ企業向けに拡販を狙ったとしよう。「日系のエンタープライズ企業」と一口に言っても、業界、ビジネスモデル、企業文化、内部オペレーションはバラバラだ。顧客から求められる価値や機能は多岐にわたり、全てに対応することは不可能だろう。
どのセグメントの、どのニーズに応えるかの取捨選択は必須になる。仮に自社では応えないニーズを決めた場合、完全に切り捨てるのか、別の方法で対応するのか(例えば、APIを解放し、外部のパートナー企業に対応してもらうなど。パートナー企業も含めた「①自社が提供できる価値」で、バリュープロポジションを組み立てるイメージ)も決める必要がある。
取捨選択をせず、すべてに応えようとすると機能を開発し切れないだけでなく、営業パーソンが機能や価値を説明しきれないし、マーケターも訴求メッセージを絞り切れず、カスタマーサポート担当も顧客をサポートし切れない。事業として成り立たないだろう。
よくある落とし穴の回避方法
上述の3つの落とし穴はどうすれば回避できるのだろうか?
・よくある落とし穴【1】自分たちの想いが先行してしまう
・よくある落とし穴【2】既存のアセットに引っ張られる
の解決策はシンプルで
①顧客が望んでいる価値
↓
②自社が提供できる価値
↓
③競合が提供できない価値
の優先順位を徹底し、①顧客が望んでいる価値から考えるしかない。
そして、①顧客が望んでいる価値を捉えるには、顧客にインタビューしたり、観察したり、営業したり、顧客と一緒に働いたり、データを分析したり、アンケートを取ったりなど、いろいろな手法があり、いろいろな手法を駆使してがんばろう!以上!である。
・よくある落とし穴【3】自社のケイパビリティが追いつかない
の解決策は、顧客が望んでいる価値を「“Must have”と“Nice to have”で切り分ける」ことだ。
顧客が望んでいる価値が業務を進める上で“Must have(=なくてはならないもの)”なのか、“Nice to have(=あるとうれしいもの)”なのかを見極め、“Must have”な価値を中心にバリュープロポジションを組み立てるようにしよう。
“Must have(=なくてはならないもの)”に応えるバリュープロポジションであれば、営業・マーケティング効率がよくなり、高付加価値・高単価になり、使い続けてもらえる商品になりやすい。
最後に「バリュープロポジション」をはじめとした顧客中心の商品開発に対して、度々耳にする指摘とそれへの回答を記したい。
指摘① 顧客は自分が何が欲しいのかわからないのでは
自動車を普及させた立役者、ヘンリー・ フォードの言葉
もし顧客に、彼らの望むものを聞いていたら、彼らは「もっと速い馬が欲しい」と答えていただろう。
や、アップルの創業者、スティーブ・ジョブズの言葉
多くの場合、人は形にして見せてもらうまで、自分は何が欲しいかわからないものだ
を引用して、「顧客は自分が何が欲しいのかわかっていないため、顧客が望んでいる価値を事前にリサーチしても意味がない」「マーケットイン的な発想だけでなく、プロダクトアウト的な発想も重要だ」と指摘されることがある。
ここで注意したいのは「顧客が望んでいる価値に応える」=「顧客に欲しいものを聞く」ではないということ。聞くのか、観察するのか、散歩の中でエクセレントなアイデアを思いつくのかは自由だが、いずれにしても、顧客が望んでいる価値に応えることは欠かせない。
ヘンリー・ フォードは顧客に望むものを「聞かなかった」かもしれないが、もっと早く移動したい、という①顧客が望んでいる価値を提供した。
スティーブ・ジョブズは顧客に何が欲しいのかを「聞かなかった」かもしれないが、いつでもどこでも他人や情報とつながりたい、ポケットの中に収まるインターネット機器が欲しい、という①顧客が望んでいる価値に応えている。
指摘② 自分たちがやりたいことをやらないと続かないのでは
もう1つ、①顧客が望んでいる価値に応えるばかりだと、自分たちがやりたいことがやれず、つまらなくないですか? 事業は成長して儲かるかもしれないけど、意味あるんですかね?という指摘がある。
自分たちのWill(やりたいこと)を無視して、商品開発や事業運営、組織運営をしても続かないのは確かで、Willと合致しない事業では短期的な金儲けになっても、中長期で偉大な価値は作れないだろう。
これに関する解決策は、自分たちのWillは大きな方向性として持ちながら、その中で
①顧客が望んでいる価値
↓
②自社が提供できる価値
↓
③競合が提供できない価値
を見つけ、バリュープロポジションを作っていくしかない。
Willとバリュープロポジションの交差点をどう見つけるか。どうデザインするかは、起業家・事業責任者の腕の見せどころだ。「ロマンとソロバン」という言葉があるが、どちらかではなく、ロマンもソロバンも両立させるべく努力するべきだろう。
そして歴史は繰り返す
偉そうに「バリュープロポジションの作り方が~」「よくある落とし穴が~」と書いた私だが、2016年頃の企業とフリーランスのマッチングサービスの立ち上げだけでなく、前職の新規事業部門でもいくつかのサービスを企画し、数千万単位でお金を溶かしている。
つまり、サラリーマン時代に2年間、起業してからも1年間以上、バリュープロポジションの正しい作り方に気づくことができなかった。会社を創業し、銀行口座の残高がみるみる減るという身銭を切ったことではじめて、深い気づきを得ることができた。
当然、いまではバリュープロポジションの
①顧客が望んでいる価値
↓
②自社が提供できる価値
↓
③競合が提供できない価値
の優先順位を徹底しているが、2016年頃の自分がこの文章を読んでも、十中八九スルーしているだろうなと思う。
当時、先輩の起業家・事業責任者に「それ、顧客ニーズがないからやめたほうが良いよ」と(オブラートに包んで)散々言われたが、完全にスルーしていたw
そして、いま後輩の起業家・事業責任者に事業相談をされた際、「(オブラートに包んで)それ、顧客ニーズがないからやめた方が良いよ」といっても、十中八九スルーされる。
先日も「やめた方が良いよ」と言った案でプレスリリースが配信されていて、(皮肉ではなく)歴史は繰り返すのだなと感じた。
とはいえ、バリュープロポジションの優先順位は死にかけた中でも大きな学びの1つだったので、今後も忘れないために書き記しておく。
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